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名古屋地方裁判所 昭和43年(行ウ)60号 判決

奈良県宇陀郡室生村大字向淵四一八三

原告

家入日出夫

右訴訟代理人弁護士

太田耕治

右訴訟復代理人弁護士

片山欽司

名古屋市瑞穂区瑞穂町西藤塚一丁目四番地

被告

名古屋昭和税務署長

水谷宣之

右指定代理人

遠藤きみ

荒川登美雄

市川朋生

川島正之

右当事者間の頭書事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1  被告が原告の昭和三九年分所得につき昭和四一年一〇月二八日なした所得金額としての総所得を金二、二六七万八、〇〇〇円(内訳配当所得金三、〇〇〇円、給与所得金八一万三、〇〇〇円、雑所得金二〇万円、譲渡所得金二、一六六万二、〇〇〇円)、課税される所得金額としての総所得を金二、二二七万四、八〇〇円、算出税額を金一、一〇一万二、八八〇円、申告納税額を金一、〇八五万九、六四〇円とする更正処分中、所得金額としての総所得金一、一四九万七、〇〇〇円(内訳、配当所得金三、〇〇〇円、給与所得金八一万三、〇〇〇円、雑所得金二〇万円、譲渡所得金一、〇四八万一、〇〇〇円)、課税される所得金額としての総所得金一、一〇九万三、八〇〇円、算出税額金四七四万九、五九〇円、申告納税額金四五九万六、三五〇円を越える部分及び過少申告加算税金五四万九、〇〇〇円を賦課決定した処分を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二、請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二、当事者の主張

一、請求原因

1  原告は昭和三九年分の所得につき被告に対して、配当所得金三、〇〇〇円、給与所得金一六五万三、〇〇〇円、所得金額としての総所得金一六五万六、〇〇〇円、課税される所得金額としての総所得金一二五万二、八〇〇円、所得税額金二三万八、八四〇円の申告をなしたところ、被告は昭和四一年一〇月二八日付をもつて原告に対して昭和三九年分の所得税につき、配当所得金三、〇〇〇円、給与所得金八一万三、〇〇〇円、雑所得金二〇万円、譲渡所得金二、一六六万二、〇〇〇円、所得金額としての総所得金二、二六七万八、〇〇〇円、課税される所得金額としての総所得金二、二二七万四、八〇〇円、所得税額金一、一〇一万二、八八〇円、申告納税額金一、〇八五万九、六四〇円、確定納税額金一、〇九八万〇、五八〇円とする旨の更正をなし、かつ、過少申告加算税金五四万九、〇〇〇円とする旨の賦課決定をなした。

2  そこで、原告は右更正につき被告に対して異議申立をなしたが、被告はこれを棄却したので、さらに昭和四二年三月二四日名古屋国税局長に対して不服審査請求をしたところ、同局長は昭和四三年八月一六日付をもつて右請求を棄却する旨の裁決をなし、原告は同月一七日右裁決書騰本の送達を受けた。

3  しかしながら、被告がなした前記更正は請求の趣旨において自認する限度を越える部分につき正当な理由がないから、原告は右部分の取消と前記賦課決定の取消とを求める。

二、請求原因に対する認否

請求原因12は認めるが、同3は争う。

三、抗弁

1(一)  三重県内におけるヤクルト関係各業者(原告ら)は、株式会社ヤクルト本社(以下、ヤクルト本社という)からヤクルト原液を購入したうえ、それを加工及び瓶詰にしてヤクルト製品を製造し、これを各自が経営する営業所において販売していた。

しかし、原告らは各自が小規模な設備をもつて原液から製品を製造することの不合理を除去するため企業合理化の一環として共同してヤクルト製品を製造すべく、昭和三三年四月五日株式会社三重処理工場(以下、三重処理工場という)を設立した。さらに、昭和三七年四月二日原告及び鈴木久男はいずれも、個人として経営する各営業所における販売活動を一本化するため、各営業所を発展的に解消させ、存限会社ヤクルト三重営業所(以下、三重営業所という)を設立し同社においてヤクルト製品の販売を行なうこととした。

(二)  そして、その際原告及び鈴木久男は三重処理工場発足後も個人として有していたいわゆる営業権(その内容は処理権と販売権とである)を三重営業所に無償譲渡した。

2  そして、原告及び鈴木久男は各自が有する三重処理工場の株式五、三〇〇株(原告分三、五〇〇株、鈴木久男一、八〇〇株)及び三重営業所の持分二、〇〇〇口(原告分一、〇〇〇口、鈴木久男分一、〇〇〇口)を、昭和三九年四月三〇日一括して合計金三、五〇〇万円にてヤクルト本社へ譲渡した(なお、前記1の(二)で述べたように、原告及び鈴木久男は、従前有していた営業権を、すべて、三重営業所設立と同時に同営業所に無償譲渡していたのであるから、昭和三九年四月三〇日当時、右の営業権を有する筈がなく、右営業権はすべて三重営業所に帰属しその出資に当然包含され、その内容をなしていたのであり、したがつて、右譲渡の対象は右株式と持分であつた)。

3  なお後記によると、原告がヤクルト本社に対しなした株式及び持分の譲渡のうち、持分の譲渡はその取得の日から三年以内になされたものによる所得(以下、短期譲渡所得という)に、株式の譲渡は七七二株につき短期譲渡所得にその余につき短期譲渡所得以外の所得(以下、長期譲渡所得という)に各該当することが明らかである(旧所得税法九条一項八号)(譲渡所得金額の算定は、先ず、それぞれ、その年中の総収入金額から当該資産の取得費及び譲渡に要した費用を控除し、その残額から譲渡所得等の特別控除((短期譲渡所得と長期譲渡所得があるときは、先ず、短期譲渡所得から控除する))をなし、さらに、長期譲渡所得にかかる部分の金額については十分の五に相当する金額を控除するのである((旧所得税法九条一項本文))。

4(一)  ヤクルト本社は右取得後旬日を経ない昭和三九年五月一三日譲受けにかかる右株式を金六〇〇万円と評価したうえヤクルト販売業株式会社丸昌の代表取締役である松本昌に、同様右持分を金二、九〇〇円と評価したうえヤクルト阪売業名古屋ヤクルト販売株式会社の代表取締役である小田切道三にそれぞれ譲渡した(右代金額は合計金三、五〇〇万円であり、したがつて、前記譲受金額と同額である)。

(二)  ところで、ヤクルト本社は三重処理工場・三重営業所の二法人が有する全ての資産・負債等について適正に評価するとともに、当時のヤクルト業界内における右二法人の収益性等ヤクルト業界特有の次の事情を充分考慮したうえで、前記の如く右株式五、三〇〇株を金六〇〇万円と、また、右持分二、〇〇〇口を金二、九〇〇万円とそれぞれ評価したものである。すなわち、

(1) ヤクルト業界においては、その標準的経営における処理工場と営業所の収益性の比率は、概ね、前者一に対し後者二と認めるのが常識的な見解である。

(2) 処理工場と営業所の両部門を対比すると、業積向上に対する期待度等経営上の妙味は営業所が処理工場に比し著しく優れている。

このように、特殊な業界における非上場株式及び持分の評価にあたつては、当該業界の内情を充分に熟知している者の評価価額をもつて時価と解するのが合理的であるし、また、右株式及び持分がその事業関係者に売却された後、旬日を経ずして、同人からさらに、右売買価額と同一の価額をもつて当該事業の実態を熟知している他の同一事業関係者に対し転売されているような場合には他に特段の事由がない限り、当該関係者らの間においては右価額をもつて時価と目しているものと解するのが合理的である。したがつて、被告は右価額をもつて本件株式及び持分の時価と認めたのである。すなわち、被告はヤクルト本社が松本昌に譲渡した右株式代金六〇〇万円をもつて原告及び鈴木久男の株式譲渡価額と認め、また、ヤクルト本社が小田切道三に譲渡した右持分代金二、九〇〇万円をもつて原告及び鈴木久男の持分譲渡価額と認めたのである。

(三)  なお、原告と鈴木久男は本件株式及び持分の譲渡代金三、五〇〇万円を話し合いによつて次のとおり配分した。すなわち、原告の取り分は株式分として金四二〇万円、持分として金二、二三〇万円の合計金二、六五〇万円であり、鈴木久男の取り分は株式分として金一八〇万円、持分として金六七〇万円の合計金八五〇万円であつた。したがつて、被告は原告の右譲渡価額をもつて本件譲渡に係る収入金額と判定したのである。

5  原告がヤクルト本社へ譲渡した株式及び持分の取得年月日、数額及び取得価額は次のとおりである。

(一) 株式

(株式数) (取得年月日) (取得価額)

二、四〇〇株 昭和三三年四月五日 一二〇万円

三二八株 昭和三八年六月一三日(増資) 一六万四、〇〇〇円

七七二株 昭和三九年四月三〇日 六六万二、〇〇〇円

小計三、五〇〇株  二〇二万六、〇〇〇円

(二) 持分

(持分数) (取得年月日) (取得価額)

一、〇〇〇口 昭和三七年四月二日 一〇〇万円

合計 三〇二万六、〇〇〇円

6(一) 前記3ないし5に述べたところに従い、本件譲渡に伴ない発生した譲渡所得金額を算出すると次のとおりとなる。

(1)  本件株式及び持分の収入金額 二、六五〇万円

(イ) 短期譲渡所得分 二、三二二万六、四〇〇円

〈省略〉

(ロ) 長期譲渡所得分 三二七万三、六〇〇円

〈省略〉

(2)  本件株式及び持分の取得価額 三〇二万六、〇〇〇円

(イ) 短期譲渡所得分 一四四万六、八七八円

〈省略〉

(ロ) 長期譲渡所得分 一五七万九、一二二円

〈省略〉

(3)  譲渡所得金額(譲渡益) 二、三四七万四、〇〇〇円

(2,650円-302万6,000円=234万4,000円)

(イ) 短期譲渡所得分 二、一七七万九、五二二円

(2,322万6,400円-144万6,878円=2,177万9,522円)

(ロ) 長期譲渡所得分 一六九万四、四七八円

(327万8,600円-157万9,122円=169万4,478円)

(4)  譲渡所得等の特別控除 一五万円

(5)  課税譲渡所得金額 三、二四七万六、七六一円

(イ) 短期譲渡所得分 二、一六二万九、五二二円

(2,177万9,522円-15万円=216万9,522円)

(ロ) 長期譲渡所得分 八四万七、二三九円

〈省略〉

(二) あるいは、原告が譲渡した株式及び持分の収入金額を株式分と持分に配分するに際し、原告が有していた株式数及び持分数並びに株式及び持分の各単純平均単価を基礎として株式一株当り単価に株式数を乗じたものと持分一口当り単価に持分数を乗じたものの比率で右金額を配分するという方法に基づき本件譲渡所得金額を算定すると次のとおりとなる。

(1)  前記のとおり本件株式五、三〇〇株の時価は金六〇〇万円、持分二、〇〇〇口の時価は金二、九〇〇万円であるから、右株式の単純平均単価は金一、一三二円(600万円÷5,300株=1,132円)、持分の単純平均単価は金一万四、五〇〇円 (2,900万円÷2,000口=1万4,500円)となる。そして、右各単価に原告の本件譲渡に係る株式数及び持分数を乗じると、株式金三九六万二、〇〇〇円 (1,132円×3,500株=396万2,000円)、持分金一、四五〇万円 (1万4,500円×1,000口=1,450万円) となる。そこで、本件株式及び持分の譲渡によつて現実に原告が取得した金二、六五〇万円の収入を右金額の比率をもつて配分すると、原告の譲渡に係る収入金額は株式分五六八万六、九七八円(〈省略〉)、持分金二、〇八一万三、〇二二円 (〈省略〉) となる。

(2)  短期譲渡所得金額 二、〇四七万〇、五二八円

(イ) 持分の譲渡所得金額 一、九八一万三、〇二二円

(2,081万3,022円-100万円=1,981万3,022円)

(ロ) 株式の譲渡所得金額 八〇万七、五〇六円

〈省略〉

(ハ) 短期譲渡所得金額 二、〇四七万〇、五二八円

{(1,981万3,022円+80万7,506円)-15万円=2,047万0,528円}

(3)  長期譲渡所得金額 二八五万三、四七一円

〈省略〉

(4)  課税譲渡所得金額 二、一八九万七、二六三円

〈省略〉

よつて、右金額を下廻る課税譲渡所得金額二、一六六万二、〇〇〇円を基礎としてなした被告の本件課税処分は適法である。

四、抗弁に対する認否

1  抗弁1のうち(一)は認めるが、(二) は否認する。すなわち、原告及び鈴木久男は各自の営業権の実施を無償で三重営業所に対して許諾していたにすぎない。

2  同2のうち原告及び鈴木久男が各自の有していた株式五、三〇〇株、持分二、〇〇〇口をヤクルト本社へ譲渡したことは認めるが、その余は否認する。すなわち、原告及び鈴木久男が譲渡したものは、右株式、持分のみでなく、同人らが過去において取得していた営業権(株式及び持分に化体されないもの)を一括して合計金三、五〇〇万円にて売却したのである。

3  同3は否認する。

4  同4の(一)は不知。すなわち、ヤクルト本社は松本昌に対し三重処理工場の株式五、三〇〇株の譲渡の形式により、津市、鈴鹿市、亀山市の各地域における営業権を譲渡し、また、小田切道三に対し三重営業所の持分二、〇〇〇口の譲渡の形式により、四日市市、桑名市、員弁部の各地域における営業権を譲渡したのである。そして、松本昌は右営業権の対価としての金六〇〇万円のほかに、名古屋市中村区における営業権を小田切道三に提供したので、同人はそれも含めて金二、九〇〇万円の対価を支払つたのである。

同4の(二) は争う。前記のとおり、原告がヤクルト本社に譲渡したのは株式、持分及び、これらに含まれない営業権の三種の権利であるが、ヤクルト本社が松本昌、小田切道三に譲渡した株式及び持分は、営業権を含むものとして譲渡されており、前後二回の譲渡において株式及び持分の帯有する権利内容は異なるのである。右のうち、財産的に最も価値のあるのは営業権であり、株式及び持分自体は財産的価値は之しいのである。しかも松本昌に対する転売価格には中村区における営業権譲渡の対価をも含むのであるから、同人らに対する転売価格が直ちに原告及び鈴木久男の株式及び持分の譲渡価格であるとするのは正当な根拠を欠くものである。

原告が処分した権利内容のうち、三重処理工場の株式及び前記営業権については、長期譲渡所得の控除がなされるべきである。

同4の(三)のうち、本件譲渡代金額及び原告の取り分の合計金額並びに鈴木久男の取り分の合計金額はいずれも認めるが、話し合いによつて配分したという鈴木久男の取り分の細目は不知、その余は否認する。

5  同5は認める。

6  同6は争う。

第三、証拠

一、原告

1  甲第一号証の一、二

2  証人外山和昭、同本田豊賢、同小田切道三、同松本昌、同榊原昇及び原告本人。

3  乙第一号証、第二号証の一、二、第三号証の一、二、五ないし七、第四、第五号証、第六号証の一、三、第七号証の一、第八、第九号証、第一〇、第一一号証の各一、第一二ないし第一五号証第一六号証の一、二の成立は認めるが、その余の乙号証の成立は不知。

二、被告

1  乙第一号証、第二号証の一、二、第三号証の一ないし七(第三号証の四の作成者は四日市税務署法人税課奥谷浩志である)第四、第五号証、第六、第七号証の各一ないし三、第八、第九号証、第一〇、第一一号証の各一、二、第一二ないし第一五号証、第一六号証の一、二。

2  証人奥谷浩志

3  甲号各証の成立は不知。

理由

一、請求原因1・2、抗弁1の(一)、同2のうち、原告及び鈴木久男が昭和三九年四月三〇日ヤクルト本社に対し、三重処理工場株式五、三〇〇株、三重営業所持分二、〇〇〇口を譲渡したこと及び同5は当事者間に争いがない。

二、したがつて、本件における主要な争点は、原告及び鈴木久男が昭和三九年四月三〇日ヤクルト本社に譲渡したものは、果して、被告主張の如く株式と持分であるのか(抗弁1の(二))、それとも、原告主張の如く、株式、持分のほかに、原告及び鈴木久男の保有していた営業権も包含されていたかどうかの点に帰するので、以下、この点について検討する。

成立に争いのない乙第一号証、第三号証の五ないし七、第四号証、第九号証、第一二ないし第一四号証、第一六号証の一、二(但し、第一六号証の一のうち後記措信しない部分を除く)、証人小田切道三の証言により真正に成立したものと認められる乙第六号証の二、証人外山和昭、同本田豊賢、同小田切道三、同榊原昇の各証言(但し、いずれも後記措信しない部分を除く)、証人奥谷浩志の証言及び原告本人尋問の結果(但し、後記措信しない部分を除く)並びに弁論の全趣旨を総合すると次の事実が認められる。

1  ヤクルト本社は昭和三一年ごろ設立された株式会社で、生菌醸酵乳「ヤクルト」の製造方法に関する特許権及び右醸酵乳に関し「ヤクルト」なる標章を要部とする一連の商標権を有するものである。ところで、ヤクルト製品の製造販売についてはヤクルト本社の強い統制があり、本社は一定地域に一業者を限つて、ヤクルトの製造販売契約を締結していたため、右製造、販売権を取得した業者は、ヤクルト本社またはその指定する者から、独占的に、ヤクルト原液を購入し、加工し、瓶詰してヤクルト製品を製造し、これにヤクルトなる商標を付して当該指定地域内に独占的に販売をなしていた。このようにヤクルトに関する特許権の実施及び商標権を使用して販売する権利いわば瓶詰処理権及び販売権をヤクルト業界では所謂営業権と称していたのであるが、かかる営業権を有しない限り、何人もヤクルト商品の製造販売はなしえないこととなつていた。

2  三重県における原告らヤクルト関係業者は前記1認定の如くヤクルト原液の購入、加工、瓶詰によるヤクルト製品の製造及び各自の営業所における販売を業としていたところ、昭和三三年四月五日に生菌ヤクルトの瓶詰処理を目的とする三重処理工場を設立し、同社に対して各自の有するヤクルトの加工瓶詰の実施を許諾し(いわば、同工場が再実施権者となる)、爾来、三重処理工場がヤクルト製品を製造し来つた。しかし、ヤクルト製品の販売は、その後も依然各業者が、それぞれ、経営する営業所において行つていたが、原告及び鈴木久男は昭和三七年四月二日、右のように各個人で営んでいたヤクルトの販売活動について各営業所を一本化するため、ヤクルト製品の販売その他これに付帯する業務を目的とする三重営業所を設立し(三重処理工場及び三重営業所設立の事実は当事者間に争いがない)、原告はその取締役に、鈴木久男は代表締役に、各選任されたが、実際は原告が経営の実権を掌握していた。

3  ところで、右設立に際し、三重営業所は、原告及び鈴木久男が個人経営当時有していた什器、備品、在庫品等の営業用資産及び売掛金等の債権、債務並びに従業員及び多数の得意先等を引継ぎ、以後ヤクルト本社から原液の供給を受け、その名において、支払手形を振出し、或いは、ヤクルト販売業者の組合である東海ヤクルト事業協同組合に対する積立金をなし、ヤクルト製品の販売本数を増大するため多額の広告宣伝費を支出する等ヤクルト製品の仕入・販売等の営業活動をなし、他方、原告及び鈴木久男は三重営業所が設立されるに伴い、従前、個人としてなしていたヤクルトの販売等の営業活動をやめ、また、右積立金を廃止するに至つた。

4  当時のヤクルト業界では従前、ヤクルト本社から個人としてヤクルトの加工瓶詰の実施を許諾され、かつ、販売権を取得していたものが、右経営を法人組織に切替えた場合、ヤクルト本社の取扱いとしては、本社と法人との間で格別、新たな契約をすることなく、右個人の有した営業権は当然法人に引継がれるものと看做されており、現に、ヤクルト本社は、三重営業所設立後においては、三重営業所に対し原告らが有していた営業権と同一内容の営業権を有するものとしての取扱いをなしていた(この点につき、昭和四一年一〇月一一日ヤクルト本社との間で締結された営業に関する契約の更新の際における契約当事者は三重営業所((当時の商号は三重ヤクルト販売有限会社と変更))名義であつたことが指摘されねばならない)。

以上認定に反する乙第一六号証の一の供述記載部分、証人外山和昭、同本田豊賢、同小田切道三、同榊原昇及び原告本人の各供述部分はにわかに措信しがたい。

右掲記の各事実関係に、本件の如き営業権は、ことの本質上、これを有した個人が、自らその営業を法人組織にした場合には、無償で法人に譲渡されるのが通常の形態であると思料されること、さらには後記四認定の事実関係を考え合わせると、他に特段の事情なき本件では、原告及び鈴木久男は昭和三七年四月二日三重営業所設立に際し、それぞれ有していた営業権を三重営業所に無償譲渡し、ここに、右営業権は三重営業所に帰属するに至つたものと認めるのが相当である。すなわち、原告及び鈴木久男は三重営業所設立後においては、右の営業権を有しなかつたものといわざるを得ないのである。

ところで、いずれも成立に争いのない乙第三号証の一、二、証人奥谷浩志の証言及び、いずれもこれにより真正に成立したものと認められる乙第三号証の三、四によれば三重営業所は設立に際し津市におけるヤクルト販売業者家人逸郎の営業権を有償で取得し、それを貸借対照表の資産に計上しているところ、原告及び鈴木久男から前記の如くして取得した営業権については、これを資産に計上していないこと及び右営業権の取得に対しては、法人税が賦課されていないことが認められる。しかし、このような事実があるからといつて、このことは、原告及び鈴木久男と三重営業所との間になされた右営業権譲渡の事実関係を動かすに足りるものではない。ただし、当時においても、商法及び会計学上の通説的見解によると、所謂のれんは有償取得の場合に限り貸借対照表能力を認められていたのであるから、本件のように無償取得された営業権が貸借対照表上の資産に計上されないのは当然である。また、税法上は営業権を無形固定資産の範囲に含めているが、これを商法及び会計学的見地からする評価と別意に解すべき根拠に乏しいので、税法上も、営業権は、有償で取得された場合に限りこれを課税対象となすべく、されば本件のように無償取得された営業権に法人税が課せられないのは、亦、当然というべきであるからである。すなわち、前記事実は原告及び鈴木久男の営業権が三重営業所に帰属していなかつたことを示すものでなく、右に設示したところによると、却つて、右営業権は、原告及び鈴木久男から三重営業所に無償譲渡されたことを裏付けるものということができるであろう。

三、以上に説示したところによると、原告がヤクルト本社との間にした三重処理工場株式三、五〇〇株の譲渡による所得のうち、七七二株は短期譲渡所得に、その余は長期譲渡所得に、三重営業所の持分一、〇〇〇口の譲渡による所得は短期譲渡所得に、各該当するものといわねばならない。

してみると、被告のしたこの点に関する譲渡所得金額の算定根拠は正当である。

四、そこで、次に、右株式及び持分の評価につき検討する。

成立に争いのない乙第五号証、第一六号証の一二(但し、第一六号証の一のうち、後記措信しない部分を除く)、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第一一号証の二、証人小田切道三、同榊原昇の各証言(但し、後記措信しない部分を除く)、同松本昌の証言及び弁論の全趣旨を総合すると次の事実が認められる。

1  ヤクルト本社は昭和三九年当時、営業形態の後遺性を克服し、業績を向上さすために全国に跨るヤクルト業者の指導を強化し、かつ近代化に努力していた。ところで、当時、三重営業所の業績不振が目立つていたが、ヤクルト本社としては、右は経営陣に人を得ていないためであるとし、原告及び鈴木久男を交替させ、かつ、同人らをヤクルト業界から退陣さすのが得策であるとし、その後任として業界に精通していた小田切道三、松本昌を予定するに至つた。そこで、ヤクルト本社は右目的を達成するため、前記の如く、先ず、原告及び鈴木久男から、同人らが有する三重処理工場の株式五、三〇〇株(原告分三、五〇〇株、鈴木久男分一、八〇〇株)及び三重営業所の持分二、〇〇〇口(原告分一、〇〇〇口、鈴木久男分一、〇〇〇口)を昭和三九年四月三〇日一括して合計金三、五〇〇万円にて買受け(右株式、持分の売買は当事者間に争いがない)、次いで同年五月一三日右株式を金六〇〇万にて松本昌に、右持分を金二、九〇〇万円にて小田切道三にそれぞれ譲渡した。

2  ヤクルト本社は、前記譲受に際し、右株式及び持分を次の如く評価して、前記代金額を決定した。すなわち、ヤクルト業界においては、処理工場と営業所の収益性の比率を定めるとすれば、概ね、前者を一とすると後者は二であるというのが常識的かつ支配的な見方であり、また、営業所は経営手腕、経営方法の如何によつて、営業の著しい伸展を図り得る可能性が存する点において、経営上の妙味があるのに対し、処理工場は、専ら、営業所の発展如何に依存し、業績の向上といつても、自ら、そこには限度があるため経営上の妙味に乏しい等の事情を彼此対比し、自ら、妥当な代金額として、右金額が算定された。なお、原告は、自己の分としてヤクルト本社から代金二、六五〇万円を受領した(右は当事者間に争いがない)。

右認定に反する乙第八号証、第一一号証の一の記載部分、第一六号証の一の供述記載部分、証人本田豊賢、同小田切道三、同榊原昇及び原告本人の各供述部分はにわかに措信しがたい。

ところで、本件のような非上場株式及び持分の評価については、上記認定にかかるヤクルト営業権ないしは業界の特殊性に鑑みると、必ずしも、右は容易とはいい難いものがあるが、前認定の如く、ヤクルト本社が全国的規模において各業者を統括し、当該時点における業界の内情を全般的に把握していた点を考慮すると、ヤクルト本社の定めた評価方法にして間然するところのない限り、その評価価額が、一応当該株式及び持分の適正価額であるものと推認するのが相当である。

しかるところ、右認定事実に照らすと、ヤクルト本社のした評価方法は、十分、首肯し得るのであり、したがつて、被告が右価額に基づき、以下の如く本件株式及び持分の収入金額を計算したのは相当である。

五、そこで、以下においては、本件株式及び持分の譲渡に伴い発生した譲渡所得金額について検討する。

先ず、被告の抗弁5は当事者間に争いがない。

ところで、原告が一括譲渡した株式及び持分の収入額を、株式分と持分の分に配分するに際し、原告が有していた株式数及び持分数並びに株式、持分の各単純平均単価を基礎として株式一株当りの単価に株式数を乗じたものと持分一口当り単価に持分数を乗じたものの比率で右金額を配分するという方法は、一応、合理的であると認められるので、以下、右方法に基づき本件譲渡金額を算定してみる。

すなわち、前記のとおり本件株式五、三〇〇株の時価は金六〇〇万円、持分二、〇〇〇口の時価は金二、九〇〇万円であるから、右株式の単純平均単価は金一、一三二円 (600万円÷5,300株=1,132円)、持分の単純平均単価は金一万四、五〇〇円 (2,900万円÷2,000口=1万4,500円) となる。そして、右各単純平均単価に原告の本件譲渡に係る株式数及び持分数を乗じると株式分は金三九六万二、〇〇〇円(1,132円×3,500株=396万2,000円)、持分は金一、四五〇万円 (1万4,500円×1,000口=1,450万円)となる。そこで、原告が現実に受領した金二、六五〇万円の収入額を右金額の比率でもつて配分すると、原告の譲渡に係る株式の収入金額は五六八万六、九七八円 (〈省略〉) 、持分の収入金額は二、〇八一万三、〇二一円 (〈省略〉)となる。

したがつて、短期譲渡所得金額は二、〇四七万〇、五二八円となり、

持分の短期譲渡所得金額 2,081万3,021円-100万円=1,981万3,021円

株式の短期譲渡所得金額 (〈省略〉)

短期譲渡所得金額 (1,981万3,021円+80万7,507円)-15万円=2,047万0,528円

また、長期譲渡所得金額は二八五万三、四七一円となるので、(〈省略〉)課税譲渡所得金額は二、一八九万七、二六三円となる。

〈省略〉

そうすると、右金額を下廻る課税譲渡所得金額二、一六六万二、〇〇〇円を基礎としてなした被告の本件課税処分は適法である。

六、よつて、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文とおり判決する。

(裁判長裁判官 可知鴻平 裁判官 都築弘 裁判官荒井史男は転任につき署名捺印することはできない。裁判長裁判官 可知鴻平)

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